淡海 話の小窓 Vol.2

『人は人によって人となる

 ある宴席で聞かされた言葉です。「なるほど、多くの人に出会う中で磨かれ人間的に成長できるのだ」と妙に合点してしまいました。その時、私がとても気に入っているお話を思い出しました。大変有名で、すでにご存じの方も多いことと思いますが、改めて紹介させていただきます。ある月刊誌に紹介されていた実話です。

 

の先生が五年生の担任になった時、一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。

ある時、少年の一年生からの記録が目に止まった。「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思った。

二年生になると、「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。

三年生では、「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りをする」。三年生の後半の記録には「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、四年生になると「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子供に暴力をふるう」

 

先生の胸に激しい痛みが走った。だめと決めつけていた子が突然、深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。先生にとって目を開かれた瞬間であった。

放課後、先生は少年に声をかけた。「先生は夕方まで仕事をするから、あなたも勉強していかない?分からないところは教えてあげるから」 少年は初めて笑顔を見せた。

それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。授業で少年が初めて手を挙げた時、先生に大きな喜びが湧き起こった。少年は自信を持ち始めていた。

 

クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押し付けてきた。後で開けてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。

先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。「ああ、お母さんの匂い!きょうはすてきなクリスマスだ」

 

六年生では先生は少年の担任ではなくなった。
卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。「先生は僕のお母さんのようです。そして、今まで出会った中で一番素晴らしい先生でした」

それから六年。またカードが届いた。「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。お陰で奨学金をもらって医学部に進学することができます」

十年を経て、またカードがきた。そこには先生と出会えたことへの感謝と、父親に叩かれた体験があるから、患者の痛みが分かる医者になれると記され、こう締めくくられていた。

「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、神様のように感じます。大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、五年生の時に担任してくださった先生です。」

 

そして一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。
「母の席に座ってください」と一行、書き添えられていた。

 (草津市:谷迫 秀行)

 

◆Vol.1(第一話)はこちらから

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