2021.02.1 奈良の民話/伝説, 投稿, 本部掲載 【奈良の民話/伝説⑦】園生姫と月ヶ瀬梅林 「園生姫と月ヶ瀬梅林」 奈良市の中心部から約30km離れたところ、名張川下流域(五月川)の渓谷沿いに「月ケ瀬梅林」があります。この「月ケ瀬梅林」は、奈良公園・兼六園とともに日本最初に指定された国の名勝だそうで、現在でも1万本以上の梅の木がある関西屈指の梅の名所です。 ここには梅林が生まれるきっかけとなった「園生姫」の伝説があります。 伝説のあらすじは写真の下にありますのでご覧ください。 (なお、写真は2018年6月と2020年2月に撮影したものです) 月ケ瀬梅渓(名張川下流・五月川の渓谷沿いに梅の木が広がっています) 月ケ瀬梅林が生まれるきっかけとなった「園生姫」の碑 烏梅(梅の実の燻製で紅花染めの材料。今では殆ど生産されていません) 月ケ瀬の梅① 月ケ瀬の梅② 月ケ瀬の梅③ 月ケ瀬の梅④ 《伝説のあらすじ》 昔、後醍醐天皇が京の都から笠置に逃げてこられたとき、園生姫というきれいなお姫様を連れてこられたそうです。敵が攻めてきて逃げる途中、家来とはぐれてしまった園生姫は、山の中で、何も食べる物もなく、疲れ果てて倒れてしまいました。朝になると、尾山の村の人が、倒れていた園生姫を見つけて介抱してくれました。それで、園生姫は、尾山の村で暮らすことにしました。 ある日、園生姫が天神様にお参りに行くと、梅の木に熟れた実が鈴なりになっていたそうです。それを見た園生姫は、梅の実を取って帰り、炭火で一晩中いぶって、天日に干して、真っ黒な梅を作ったそうです。そして、「これは烏梅というもので、染め物に使うものです。都に持って行ったら、高く売れます」と言いました。村の人が、教えられたとおりに烏梅を作って、京の都に持って行ったら、大変高い値で売れたそうです。 それからは、尾山でも隣村でも、山に梅の木をたくさん植えるようになったということです。これが月ケ瀬梅林の始まりです。尾山の人が園生姫を助けた森が「園生の森」で、いい温泉が湧いていて「姫の湯」として、多くの人に親しまれています。 (2021.2.1 小西 宏明) 奈良の民話/伝説, 投稿, 本部掲載 コメント: 0 【IT寺子屋Vol14】「Windows7」のサポート…前の記事 ★健康情報★パナソニック健康保険組合提供 2021.2…次の記事
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