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第74回「京都・学ぶ会」山形 健介様(「筆耕舎」代表)講演報告

 2024年5月27日(月)に、第74回目の例会(講演会)をラボール京都にて開催しました。今回は、1948年福岡県生まれで、早稲田大学卒業後、日本経済新聞社に入社され、長年新聞記者として活躍され、雑誌・出版編集なども経て、岡山支局長や編集委員を歴任された後2011年に定年退職され、現在「筆耕舎」代表を務められている、山形健介様に『‘産業のコメ’‘国の木’ーータブノキ』と題して講演をしていただきました。
 講演の冒頭に、先ず「タブノキ」を知っている人に挙手をお願いされました。たったの一人(34名出席)でした。一般的に大変認知度の低い木についてどのような話をされるのか、少し不安を覚えながら講演を聴きました。先ず日本の木として、漢字で最初に表記された木であるとの説明に驚きました。タブノキ(椨)=クスノキ科タブノキ属(学名:Machilus thunbergii)は南方の木で、方名(地方名)が最も多く、やや分かりにくい木でありますが、日本の樹木名として、文献(「魏志倭人伝」)にもしくは文字で表された最初の木であるとの説明に驚きました。そして日本の森林の原植生(自然植生)を構成する主要木の一つで、皇居の広葉樹の主要木との説明に、急に関心が高まり、山形さんのお話しに引き込まれて行きました。更に、木としての多面性と汎用性ーー幹、枝、葉、根、実すべてが衣食住・産業資材として利用され、神木・霊木としても信仰されています。
 次に、山形さんが何故この木に魅かれて、探究心を持ち色々と調査や研究をされたのか、そして最終的には「タブノキ」(ものと人間の文化史165、法政大学出版局)の著作にまとめられたについての話に入って行きました。そこにはやはりタブとの偶然や不思議な出会いがありました。『木偏百樹』(中川藤一著、材木商)という冊子で、「椨」(漢字にはなく国字)との出会い、タブに執心した国学・民俗学の折口信夫とタブの不思議な関係に興味を持ち、タブを甦らせた植物学の宮脇昭や民俗学の野本寛一の学者との出会いも、大きな影響を山形さんに与えました。その他にも、タブの原木・板材に挽いた人・タブ材で家を建てた人・タブ粉で財を成した人・タブ粉を生産する人との出会いも紹介されました。タブノキの存在が益々に大きくなって来ました。次に、タブの生活・産業、心を支える汎用性と多面性について、具体例を色々と挙げられました。材として、船、建築、家具・工芸品・楽器、産業部材・部品(トラック、枕木、織機、農具)、棺桶、経板、食器… 。料として、線香(粘結剤)、紙料、トリもち、染料、燃料、薬、整髪料。食としては、救荒食、ホダ木(シイタケ)、雨水集水。樹木そのものが「祈りの木」として信仰され、また防風林や防火林にも利用されました。これらの説明資料として、色々な映像を見せていただき、タブノキがより身近に感じることが出来ました。
 最後に、ご自身の感想として、タブノキの不思議な魅力に引き込まれ、視野が広がり教えられたことを語られました。広がる地平ーー照葉樹林文化、海の世界・黒潮の文化、台湾、華南など南方世界や韓国への関心。モチ、イモ、茶、竹そして樹木、森林、山の面白さ。民俗世界の奥深さ、面白さ。「歩く」「現場に行き、現場の人に会う」ことの喜びなど。混迷した深刻な現代の突破口として、今こそ土着の知恵や思想を見直すことが肝要であるのではと締めくくられました。講演記念として、山形さんから全員に「タブの葉」の栞を頂きました。何か新しい発見をした気分を味わいつつ、山形さんの熱いお話しに感謝と御礼を込めて拍手を送りました。
 尚、講演前の「総会」で、2023年度(第25~26期)収支報告が森岡会計からあり、承認されました。

 

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