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ーはじめにー
日本の城シリ-ズ現存天守第3弾は、北陸地方で唯一現存天守を配する越前の
“丸岡城”を取り上げました!“丸岡城”は“現存天守12城”の中では姫路城や
松本城の様に全国区の知名度はありませんが、風格ある佇まいの城景に心惹かれ
これまで複数回 “丸岡城”に足を運びました。
魅力ある“丸岡城”の歴史・特徴・トピックス(話題)なりをお伝えします。
【歴 史】
丸岡城の歴史を紐解くと今を去る430余年前の天正4年(1576年)織田信長
の家臣柴田勝豊の手により北ノ庄城の支城として築城された。
天守も天正4年に築かれたと長らく語り継がれてきたが、近年の学術調査で天守
の築造年代が寛永元年~正保元年(1624年~1645年)の可能性が高いとの調査
結果がなされ、築城当時“天守”は存在しなかったことが伺える。
天正10年(1582年)織田信長が「本能寺の変」で明智光秀に討たれことが後の
丸岡城の城主変遷に繋がることに!織田信長亡き後、清須城で羽柴秀吉や柴田勝家
など主だった重臣が後継者を決める世に云う「清須会議」が開かれ、領地分配の
評定が行われた。この結果柴田勝豊は近江国(滋賀県)に移り、柴田勝家の家臣
安井家清が城主となった。
その後青山氏~今村氏~本多氏~有馬氏とめまぐるしく城主が変遷した。
明治6年の廃城令により「天守」を残し、城郭建造物は取り壊された。
天守は昭和9年(1934年)国宝に指定されたが昭和23年(1948年)の福井地震
で倒壊!昭和25年(1950年)文化財保護法により国の重要文化財に指定された。
昭和26年~昭和30年(1952年~1956年)用材の80%近くを元の古材を
用いて修復再建された。
【特 徴】
❶丸岡城は、本丸と二の丸や三の丸など他の曲輪(区画)が連なる連郭式平山城
❷天守台に築かれた天守は、二層三階独立式望桜型(一階又は二階建ての
入母屋造りの建造物の上に施した物見の建屋)構造をなしている。
❸丸岡城の最たる特徴は、鯱・鬼瓦・屋根瓦が石材で葺かれている。
丸岡城は豪雪地帯に築かれており、普通の瓦では寒さに弱く割れることがある
ため寒さに強い福井県原産の笏谷石(しゃくだにいし)が用いられた。
❹天守は天守台よりひと回り小さく造られ、この構造だと雨水が侵入するため
石垣と天守の隙間に小さな板張り屋根「腰屋根」を施し雨水の侵入を防いでいる。
❺戦さで天守に敵兵が攻め込むことを想定、天守階段は急こう配(傾斜角60度
以上)の構造に造られ、侵入を遅らせる工夫がなされている。
ちなみに姫路城の天守階段はおおよそ44度~52度の傾斜角である。
❻丸岡城の石垣は、戦国時代~江戸時代初期に用いられた工法「野面積み」
この工法は、自然石を加工せずそのまま積んでいく高度な技を要する。
➐天守には通し柱(土台から軒まで通った継ぎ目のない柱)がない。
【話 題】
❶丸岡城は、日本100名城の一つである。
❷天守屋根に取り付けられた懸魚(げぎょ※彫刻を施した飾り板)や破風板(屋根
の側面に取り付けられた小さな三角形の板)及び鯱には金箔が貼られていた。
❸天守が築かれた当時の屋根は石瓦でなくこけら葺き(杉などの薄い板を用いた
板葺き工法の一種)であった。
❹雨が降ると笏谷石の瓦が青く変色することから、丸岡城は雨天日に表情が変わる
城として知られている。
❺丸岡城は、別名「霞ヶ城」と称され天守を取り囲む「霞ヶ城公園」には約400本
のソメイヨシノが植えられ、桜が霞みの如く幻想的な情景を醸す人気の桜スポット!
❻丸岡城と「日本一短い手紙」の由来
徳川家康の重臣本多作左衛門重次が天正3年(1575年)「長篠の戦い」で丸岡城
より妻に送った「一筆啓上火の用心お仙泣かすな馬肥やせ」の文が用件を簡潔に
分かりやすく伝えており、手紙(文)の手本と称されたことに由来する。
丸岡城登城口に「一筆啓上碑」が建てられた。
❼福井地震で天守は倒壊したが、屋根の石瓦が主原因とされている。
使われた石瓦は全体で約6000枚、重さは120トンにも 及んだ。
直下型の揺れにより重力バランスが崩れ、瞬時に倒壊したと推察できる。
❽角川映画「戦国自衛隊」で丸岡城天守が撮影に使用された。
健やか楽歩会 吉 村 竹 信
【城 郭 写 真】
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いつもありがとうございます。
いつもながら素晴らしいですね
そして早速の文字からのリンクでの写真良い感じで、わかりやすいですネ
最初に使い方のコメントも流石です。
より多くの人から楽しんでもらってコメントも多くの方からもらえると良いですネ
皆さ~ん コメント宜しく_(._.)__(._.)_
コメント有難うございます(._.)
昨日は大変お世話に鳴りました(^-^) 応用機能を使うことで投稿がより楽しくなることを実感しました!
これからも子安さんの応援団として協力させて頂きます(^^♪
日本の城シリーズ定期的に投稿予定です。
丸岡城の投稿見させて頂きました。以前家内と訪れた事が有ります。通常のお城とは違い特徴のあるお城ですね。沢山の方に訪れていただきたいです。いつもながらの投稿ご苦労様です
コメント有難うございます(^-^)
丸岡城は決して規模は大きくなくこじんまりとしたお城ですが、これぞ日本の城(木造・無骨な佇まい)と思わせる城景です!
私は複数回訪れましたが、見飽きることはありません。これからも日本の城シリーズ定期投稿する予定です。
ヨロシク(^_-)-☆
日本の城シリーズ丸岡城をぴピックアップし、様々な角度からの写真撮影お見事です。写真撮影が好きとはいえ、何時もながらに感心します。
これからも季節感溢れる『日本の城シリーズ』楽しみにしています。ありがとうございました。
コメント有難うございます(^-^)
丸岡城は、姫路城や松本城の様な華やかさはないですが、武士(もののふ)たちの”生き様”を
映し出す威風堂々とした佇まいに心惹かれます。
コロナが落ち着けば丸岡城含め「現存天守12城」再び訪ねたいと思っています(^_-)-☆
車中泊でのお城めぐりですがワクワク感があります!(^^)!
ヨロシク~~
吉村さん
いつもながらクオリティーが高いですね。
丸岡城の最たる特徴は、鯱・鬼瓦・屋根瓦が石材で葺かれている。
自分も丸岡譲に行きましたが気が付きませんでした。
一筆啓上の日本で一番短い手紙の印象でした。
次回も期待しております。
よろしく!!!
コメント有難うございます(^-^)
丸岡城の瓦が石材で出来ていることは、事前の下調べで知りました。
姫路城のようにインスタ映えする城景ではありませんが、無骨なれど凛とした佇まいに惹かれます!
備中松山城と同じく「現存天守12城」の中で異彩を放つお城だと思っています。
日本の城シリーズ今後も定期投稿する予定です。ヨロシク(^_-)-☆